2021/04/03「ON&ONAIR」独立して1年/新・日本男児が終了/音楽の日「10年で理想に近く」

<独立記念日スペシャル~>⭐

 

 

中居 「どうもこんばんは中居です。 さて、独立しまして1年が経ちましたー。ぱちぱちぱちぱち~

「『さあ、独立して1年。いかがでしたか?』 いや、いかがでしたか?と言われても。この1年どうでしたか?って、あの・・まぁ皆さんご存知のように この1年はコロナの1年だったんで。 あのー・・ど・・ね? 今まで生きてきた人生の中で経験のしたことないような1年だったので・・で、独立するのも初めてなので。

「でも、ま・・10年後か、5年後か  4、5年後か・・人に「中居君、独立してどうだった?」「どうでした?独立した時って?」って言ったらもうホントに 「いや、実はコロナで」・・・だから、忘れもしない独立になるんじゃないのかな~・・って。

「でも、こっからの1年もねぇ~・・わかんない。 だから独立してどうなのかな?って思ってたけど、コロナだからどうなるのかな~・・そっちの方が強かったかなぁ? TOKIO。」

スタッフ 「 ラブユーオンリー 」

 

 

 

 

曲:LOVEYOU ONLY (TOKIO/1994)

 

 

 

 

 

~CM明け~

中居 「4月になりましたァ~☆」

「さてさて、3月いっぱいで「新・日本男児」が終わりました。・・『あ、なんか突然に終わったね』とか『突然終わりましたねー』みたいなことを言いますけど。 あの これ本人にとっては、別に突然でもなんでもなく(笑)フフフ・・」

「よく言うんだよね、でん・・あの 結婚とかでも“電撃結婚”みたいな。“突然、結婚した” “なんの前触れもなく”って。 や、聞かされてる方はそうかもしれないですけど。その結婚する当人は、ねえ?別に突然でもないし。あのちゃんと(笑)確かめ合った中で時間を経て結婚されてるでしょうし。 だから、この「新・日本男児」も・・・そうね、去年の秋から冬にかけてかな。あの 話しがあって「ああそうですか」。

「まあ もう 第一声はホントに・・「ほんと申し訳ない」申し訳なかっ・・で、スタッフも言ってくれるんですけどね。『や、こちらこそ申し訳ない』と。いや、これはもう僕の力不足・・いや、僕らも・・っていう、なんかね・・あのー・・なんつうんだろ。やっぱり番組ね・・あの 冠の名前があるっていうことは、舞台で言えば座長みたいなことであって。」

「なんか チームなんですよね。スタッフと。司会の人って。」

「・・うん・・冠番組ってスタッフの一員みたいな。僕が出てるんだけども、スタッフの一員みたいな。

 

「や、なんか申し訳なかったな~・・っていうのも、あのー・・番組のスタッフって、ね?あのー・・例えば「新・日本男児」・・日テレの局員の人も居れば、制作って全然違う会社“制作会社”があったりだとか。ね? そっからお手伝いに来てるスタッフも居たり。それは技術さんも 美術さんも。それで大体100人ぐらいのスタッフでやってたりするんですよ。」

「それで、やっぱり僕の番組・・例えば僕に限らずですけど。1個番組が終わるっていうと、僕なんかにとっては番組が終わるっていうかもしれないですけども、周りの人からは・・まぁ僕にとってもそうですけど。1個やっぱ仕事が減る ってことなんですよね。うん。」

「で、僕みたいに 色んな番組やってる人も居れば、変な話ですけど “この番組しかやってないスタッフ”っていうのも 居なくないんですよ。それチェックはしてないですけど。 だから、そういうスタッフには・・んー・・申し訳ない・・よね。・・うん・・」

 

「まあ バラエティの終わりは・・うーん・・ね?「いいとも」の最終回でもこんなような話、しましたけど。やっぱり、あのー・・なんか理由はね、評判が悪かったのかなぁ? んー視聴率が悪かったのかなぁ? なんかトラブったのかな?って。いくつかこうなんか・・あのー要因っていうのはあると思いますけど。でもやっぱり、寂しいものですよね。

「前も話したように ね? 舞台は千秋楽があって、映画はオールアップがあって、ドラマはクランクアップがあって。ライブは最終日があって、って。・・ね? 歌の世界も お芝居の世界もなんかこう最後があって、そこを逆算しながらみんな・・えー・・照準を合わせながら、んー・・やられると思うんですけど。最後に向かって。バラエティってほんとに・・最後の期日が決まってないっていうか。ずーっとこう漕ぎ続けなきゃいけない。」

「最後、ゴールがあるから・・ね? あの旗が見えるから、そこまで歩いて行けるんでしょうけど。 これね、バラエティっていうのはね、旗がね・・ん・・いつ出てくるか分からないのよね(笑)・・うん・・だから、独特の世界だと思いますし。ん・・独特の感覚ですよねぇ・・うん。」

 

「・・と、これは何論になるのかな? あの司会とか冠番組やってる・・ま、僕・・僕・・あれ?他の人はどう思ってるのか分かんないですけど。」

(ジッパーを下げる音)

(ごくん、飲み物を飲む音?)

「熱くなっちゃった・・」💦

と、ごそごそ・・(洋服を脱いでる?)

僕は、あのー・・スタッフの一員なんですよ。 制作スタッフの一員であって、で、画面を通して出ているのが、タレントの僕であって。で、スタッフがやりたいこと、スタッフが理想を持ってること、スタッフが掲げていることを・・えー・・収録のステージの中で伝えるのが、僕のお仕事だったりするんですね。 ま、でもね 司会によってちょっとね、またその種類が違ったりするんですけど。」

「僕は日本テレビの日テレの深夜番組って、えーっと遡ること今からもう25年ぐらい前の「中居くん温泉」っていう番組があったんですよ。(笑)「中居くん温泉」から、ずぅーっとこの25年間やらせてもらってたのね。でも「中居くん温泉」は、えー・・読売テレビが制作して日本テレビの深夜で えー・・放送したのかな。 で、それが終わって「別れてもチュキな人」って “ワカチュキ”っていう草野さんと一緒にやってた番組があって。それが終わって・・「ブラバラ」が始まって・・で、その後・・ん、「窓」が始まって。これ、全部深夜なんですけど。「ブラバラ」だけ10時とか10時半だったのかな?「ワカチュキ」とか。・・で、また 深夜また「ナカイの窓」やって。 で、その後 何やりましょっか?・・つって「新・日本男児」だったのかな。 ずーっとなんか・・ま、途中でちょっとお休みがあったかどうか・・途切れてたかは定かじゃないんですけど。ほんと25年ぐらい、日テレの深夜番組やらさせてもらってて。」

「で、この「新・日本男児」が、始まる時に。 まず、僕は番組作りを  自分の立ち位置を  こう決めるんですよ。その立ち位置っていうのは、番組においての立ち位置じゃなくて、番組をまず作るにあたっての立ち位置をどうしましょう・・。“僕がなんかやりたいことをやった方がいいですか?” んー、それとも “スタッフがこういうのがあるんで、こういうのやりませんか?”・・それ、まずどっちに主導権をあれした方がいいかな?・・で、「新・日本男児」の時は、日テレ・・“制作側が考えるものをいくつか企画書を出します”。」

「じゃ、企画書を出すものにあたって、僕はちょっと「初対面の人とやらさせてもらいたいな」。「あの全然新しいことやるんでしたら、もの凄い若いコとやってみるのはやってみるのはどうでしょうか?」・・で、当時30ぐらいのコだったのかな?ディレクターさんが。 全く、もうお会いもしたことない人と・・あ、でもそういう人の方が・・んー・・今まで僕が経験してない発想に無いものを持って来てもらうのがいいかな。で、僕の立ち位置が、んー・・「こういうものやりましょう!」ん~・・それそんなの僕、ないけど 乗っかってみましょう!・・・の立ち位置にしましょう。っていうことで、若い人の企画書みたいので「新・日本男児」やりましょう。って言って決まったのかな。」

「その後はもう、その製作スタッフと「アナウンサー入れた方がいいですかね? アナウンサー入れない方がいいですかね?」「僕、進行がいいですかね? リアクターがいいですかね?」みたいな話を企画の中で。これはじゃあ「新・日本男児」は・・うーん・・リアクターの方がいいか。じゃ進行は1人いた方がいいですね。で、後呂さん。うん。もの凄い・・見事なアナウンスっていうか。見事なお仕事をしてくださったなぁ。

 

 

「あのー アナウンスをしっかりしてくださる人だったんで。後呂さんは、スタッフと一緒というか。だから、僕なんかと一緒のチームで居てくれたのかな。アナウンスだけをしっかりしてくれた。それが凄く助かったかなー。 ねっ?あの~・・アナウンサーの人でもなんか、爪・・爪痕を残したいとか、なんか急に(笑)「私が思うには・・」って・・そういう人が悪いとかじゃなくて、だったらそういう風にポジションでやってもらうんだけども。 でも後呂さんは徹底・・とにかくアナウンスに徹底してくれた、っていうのはもの凄い助かるんですよね。だからもう、こっち側なんですよ。ま、安心ですよね。

「だから僕はもう、こっちで出て来るタレントのゲストの人と「新・日本男児」の人と対峙していればいいだけだから。 それがもの凄く助かったなぁ。」

「まあでも終わって、25年ぐらい・・何年前だろうな?「中居くん温泉」って。 じゃ、最後に向かってどうしましょうか?カウントダウンみたいな番組ではないですね。最終回はどうしましょう・・最終回までになんか積み上げていって、最終回ドン!っていうような番組じゃないから。それはブレずに今まで通りの「新・日本」で・・・で、最後・・最後は “最後らしくない最後”。 “最後っぽい最後”。・・んー、あまりにも最後っぽいとちょっと「っぽくないね」みたいな。 で、なんか『後呂さんスペシャル』みたいな(笑)ハハハッ・・ 「後呂さんはどういう人なんだろう?」っていうの・・あ、でもこれは、うん・・あーいいんじゃないかなーって。」(゚ー゚)

 

 

 

「ま、そんな中。この間。「音楽の日」。3月の11日、えー・・「音楽の日」じたいが東日本大震災が起きた2011年から始まって10年なんですね。で・・もうこれも去年の夏ぐらいかな?・・3月の11日・・あーなんか意味があるのかな?意義があるのかな? なんか届くものがあるのかな?なんて。」

「で、僕も宮城・・に行って。 自分が出ていて、こういうのを言うのは 気持ち悪いですけど。あのー 凄く良かったんですよ。「『音楽の日』だ。」っていうね・・うん。 これもほんと、あのー・・ ま、「音楽の日」のスタッフは ま、10年やってるスタッフでもあり、もっと古く言うと「うたばん」のスタッフも居たりだとか。「金スマ」のスタッフが居たりだとか。ま、気心知れてるスタッフ。で、安住さんだったりとか。」

「とは言え、1年に1回なんで。ね?毎週毎週やってることじゃないから、なかなかこう・・じゃあ次に活かす・・って言っても、1年前だから忘れちゃったりだとか(笑)「どうしようか、ああしようか」って。で、今回は一番なんかこう・・またさっき、ね?「新・日本男児」の司会とこの音楽番組の司会って また全然違いますんで司会は司会でも。」

「んー・・なんつうんだろ なんで「いいな」っていうのは・・こう・・僕は音楽番組、音楽の司会として、こう一番今年・・こうなんつうんだろ、こう 目立たなかったっていうの?分かり易く言うと(笑)フハハ・・」=3

「うん。が、良かったんですよ。 わっかりやすく言うと(笑)もうちょっと表現あるんですけど。」

僕の音楽番組の理想・・が、なんかこの10年で出来たなー っていうね。うん。 分かり易く言うと「音楽の日」って、ねっ?7時間、8時間ぐらいあるのかな? 長い時間やってて。 今回はだからこの・・歌中に あのー 僕とか安住とかカメラで抜いてくれる時あるんですよ。 それ、今回ちょっとやめましょうか・・今回は10年・・なんか、んー・・意味のある意義のある番組にするにあたって、細かいことの積み重ねですけども。「ちょっと俺と安住、カメラで抜くのって」そしたらあっちも「あー、あのーそうしようと思ってました」みたいな。「あ、ほんと。そうそう、それなんか いいんじゃない?邪魔くさいねー、俺たちが。」 」

「で、Bank Bandの皆さんがこうやってやってる時に じゃあ歌の間で最初、台本とかでは間で・・曲と曲の間で僕と安住がステージに行って「いかがだったでしょうか?」「あーそうですか、わかりました」「じゃあ次のスタンバイお願いします」。ま、よくあるケース、パターンなんですけど。・・『これさ・・俺ら要らないんじゃない?』💧みたいなね。 ちょっと邪魔くさくないかな?ここでなんか僕たちが・・俺らがなんかわざわざ、ステージに行ったりとか、MCの席で“歌唱どうでしたか?”って。。“続いての歌どんな感じですか?”って、いちいち止めてたら・・んー、なんか・・あーティストの思い・・っていうか。うん、テレビを観てる人へ届けるにあたって、そこ邪魔じゃないかなぁ~・・・みたいな。」

 

「ま、これ僕たちだけが決めて・・ねっ?ことじゃないし。で、「アーティストの人にもこれ相談してみて」。これ、中居安住が出ないで  そのアーティストの人・・桜井さんだとか、ミーシャさんとかに繋げてもらうことって出来んのかなー? ・・の方が、あの よさそうな気がするんだけども・・そしたら、そんなようになって。」


「よかったぁ・・✨ すごく良かったんですよ。」

 

「や、これがだから“スタッフの一員”っていうのかな。 ただ、僕がやってる司会・・ねっ?僕の司会が「良かったですね」っていう番組ではないんですよ。ま、他の番組もそうなんですけど。(笑)司会って難しいんだよね、ほんとでも・・ジャンルによって、クイズ番組とかトーク番組とか、歌番組とか、スポーツとか・・によっても全然違うんですよ、その・・司会者としての立ち位置っていうのは。」

「音楽番組はもうほんとに オープニングとエンディングだけでも僕はいい・・もうほんとーに!大袈裟に言えば。それでもいいぐらいですよ。うん。“音楽の日”なので。」♬︎

「でもほんと、10年やったからこそ・・なんとなーく・・あ~理想に近かったなぁ~・・って。いい番組が出来たな~・・って。「いい番組が出来たなー」っていうか、あの・・ちゃんとアーティストの皆さんが、その3分なり 4分なり 5分なりが、ね?1曲の中でしっかり想いを伝える環境を整えることが出来たのかなぁ?・・・って。

「で、改めて思うね、“あぁ~・・今まで出過ぎたなぁー”とか。・・フ(笑)フハハハ」(スタッフ 笑)

「うん。」

「分かんない、じゃ夏やります。って時はどうなってるか分かんないですし。 そうねぇ~司会論になりますけど、うん。それぐらいなんか、うーん・・想いがしっかり伝わった素敵な番組だったなぁ~・・って。 番組作りってやっぱ難しいんですよね~・・」

「ねっ? あのー(笑)面白いです、色んな人いますし。だから、ほんとだからね、比較的バラエティやってる人は・・比較的こっち側というか。 あの 全体でやってくれるから、僕すごく助かりますよね! うん。 みんなこう個でないから。 僕らは「個」でなくて、こう・・団体でやってたりするわけですよ。スタッフが届けたいものを 僕らを通して、ワンクッション僕らを通して、テレビを観てる人へ・・って。

「だから、なんかこう・・僕は、「中居君、よかったね」「中居さん素晴らしかったね」って、いうより「あの番組よかったね!」がやっぱり・・嬉しいですよね・・うん。」

「それが、なにより やっぱり嬉しいんだよなぁ~・・」

「その志は今後も変わらないんじゃないかな、と思いますけども。」

 

「さ、歌どうしよっか? あれ?この間、ミスチルとかやったっけ?」

スタッフ 「Bank Band・・(中居「うん」to U・・・」

中居 「お~ それ!」

 

 

 

 

曲:to U (Bank Band/2006)

 

 

 

 

~エンディング~

中居 「あのー 各アーティストが、こう・・その日だったり、あるいは1日前だったり、とかで各ロケ場所で歌を・・収録もあったり、昼間撮ったり収録もあったりしたんですけど。んー・・やっぱりこう・・雨が降らなかった・・・もう なん・・こればかっかりは分かんないので! で、僕は当日「撮れたの!?」みたいな。・・「降らなかったんですよ✨」とか「雨があがったんですよ!!」みたいな話聞くともう・・よかったなぁ~♡って。

「こればっかりは・・例えば、やっぱりブルーインパルスだって、風が強かったらああいう風に残んないだろうし。雨が降ったら飛ばせらんないだろうし。・・とか。まぁま、続けて行くと ああ、こういうのがなんか、ようやく理想に近いものが出来たな・・ってちょっと嬉しい気分になりました。

「またさようなら~」(゚ー゚)

「今週おおまけハガキぃ~ えひろさん」

 

おまけハガキ 「中居君が春だな、と感じる時はいつですか?」

中居 「・・・ ま、鼻水が出る時ですかねぇ・・・(笑)また来週。」

 

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こんな風に・・お仕事の話をじっくり、情熱的に話してくれるのは・・
2017年以降、初めてですね。
また、お話してくれるようになったのですね☆.*

私も・・今年の「音楽の日」はこの10年の中で積み上げて来たもの、スタッフの想い・願いがビシビシ☆と伝わってくるシビれる人間臭い、いい番組だと思いました。

いい悪い、じゃなくて。
人の熱を感じる、届く番組でした。
テレビのこっち側で、しっかり受け取りました!!

中居君が・・
裏方志向というか? プロデューサー目線というか、なんというか。
チームの力を知っている人というか。
その中で、自分は目立たなくてもいい、役割の1人をしっかりこなしたい人・・っていうのは、ファンなら知っている。だから、今週のお話は初耳な部分も含めて驚きはなく・・

「うん、うん」と聴きました。

でね。
私個人はもう、中居正広さんという人間のファンになってしまっているので
ぶっちゃけ、中居君が完全にウラの人になったとしても、そのお仕事を追いかける気持ち悪いファンになると思うんだけど(笑)
なんというか・・「中居君を見たい」という個人の欲望をアッチにおいといてもこれは言える。

中居君、あなたのオンステージ・表舞台での存在価値。その輝き、その才能。
神様が与えてくれたもの。
努力だけではどうにもあがいても手に入らない、あなただけの輝き。

それはファン目線をゼロにしても、勿体ない! あなたは表に出るべき人だよ・・と言いたい。
・・それが “役割” なのかもしれないよ、って。

 

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